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 南京で30年間生活した中国通のドイツ・シーメンス南京支社長ジョン・ラーベは歴史の一級基本文書となる『日記』【『南京の真実』講談社刊】を残した。

 その時期は今でも世界で議論の最中の「南京大虐殺」があったとされる南京陥落前後の6か月を中心に安全区委員会代表として20万人の避難民を救った実話だ。

 少し歴史を振り返る。「2・26事件」の1936年11月  25日に日独防共協定調印、1年後の11月27日に上海陥落後に、上海派遣軍、第十軍、第十六師団が「南京一番乗り」をめざし南京攻略に300キロを暴走した。

 入城式に上海派遣軍兼中支那方面軍の総司令官の松井石根(柄本明)に続く上海派遣軍司令官・朝香宮鳩彦中将(香川照之)に第十六師団長の中島今朝吾(杉本哲太)が皇軍の中心人物だ。ARATA演じる良心的な少佐が朝香宮中将から「生きた捕虜は見たくない」と命じられ、「スープを配給する」と見せかけて機銃掃射。皇族の朝香宮中将の責任も被って「東京裁判」で松井石根は断罪される。

 非情な場面が続く。あの「百人斬り〜両少尉さらに延長戦」と12月13日付で『東京日日新聞』が写真入りでゲームのように報じた。国内では提灯行列で祝っていた。   11月20日「大本営」が設置され報道統制も始まった。

 ジョン・ラーベと妻ドーラの愛の絆を縦糸に、南京安全区の活動を横糸に物語は展開される。代表代行の外科医ロバート・ウィルソンとの「ヒトラーの玉は一つ」と酒を交わし唱和する。書記官ローゼンが「ハイル、シット(糞)ラー」とナチ党員ラーベに言い返す時、心のざわつきが・・・。ナチの鉤十字旗が650人の中国人を救い、彼は占領軍の交渉にナチ腕章の威力も活かした。

 つまり「南京の英雄」としての責任感と孤独の狭間で、30万人の大虐殺があったとされる「時」を記録した。

 2009年から6年目を迎え、「南京・史実を守る映画祭」の自主上映。まず衝撃傑作を見てから議論しよう。        

四方(よも)繁利/岳(がく)重人【ペンネーム】

ジョン・ラーベ〜南京のシンドラー 公式サイト
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