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 スペインの女性監督、イサベル・コイシェの新作です。これまで脚本は必ず自分で書いていたコイシェ監督が、「個人的な感情に訴えかけられたから」と、サラ・ケルチャノンという女性ライターとの共同作業を快諾、さらにプロデューサーと編集も女性、原作も詩人でエッセイスト、コラムニストの女性、キャサ・ポリットの実体験から生まれています。さらにさらに決定的な要因が主役の女優パトリシア・クラークソンで、彼女は2008年に出演したコイシェ監督作品「エレジー」で監督と意気投合していたという、なんとも羨ましい女性たちの連帯がこの「しあわせへのまわり道」を生み出したのです。

 舞台はニューヨーク。物語はマンハッタンで暮らす文芸評論家のウェンディが、21年間も共に暮らした夫に突然去られてしまうところから始まります。仕事を持つ女性として立派に自立していたはずなのに、実は夫によりかかってばかりいた自分にウェンディは気がつきます。車の運転免許証も持っていない。そこでまず運転を習うことからウェンディの新たな生活が始まりました。

 アメリカではTAXIの運転手さんが、街なかの路上でレッスンをしてくれるというシステムもあるらしく、ウェンディはたまたま乗ったTAXIの中年のインド人運転手、ダルワーンの手ほどきを受けることになります。ダルワーンを演じるのは、ナイトの称号をもつ名優ベン・キングズレーで、この人も「エレジー」に出演していました。

 初めてハンドルを握ったウェンディはたちまち挫折、しかしダルワーンは根気よく指導をつづけ、「運転とは生き方を学ぶことである」と訓辞したりもします。厳格で礼儀正しいシク教徒(ヒンドゥー教から派生した宗教の一つで、常にターバンを巻き、髭をたくわえる)であるダルワーンと、ウェンディの間に少しずつ心が通い合うようになりました。

 心地よい映画です。ある日、未だ独身のダルワーンを心配した妹の計らいで、故郷の村から見ず知らずの花嫁がやってきました。その花嫁を見て私は思わず声をあげました。「サリタ!」。1991年の第4回東京国際女性映画祭に参加してくれたサリタ・チョウドリーでした。デンゼル・ワシントンの相手役として「ミシシッピー・マサラ」(ミーラー・ナーイル監督)でデビューした女優です。父はインド人、母はイギリス人教育者。その母親が付き添っての来日で、私たちはずいぶん楽しい毎日を過ごしました。その後ロンドンで会ったこともあります。

 あのとき25歳だったサリタが50歳近くになっている、そういえばキングズレーも父はインド人医師、母はイギリス人の女優でした。英語が話せずニューヨークでうろうろするけれど、どこかデーンと構えている田舎育ちの花嫁を、サリタは上手に演じています。こう書いているうちに私の心も「個人的な感情」で一杯になりました。2006年に「あなたになら言える秘密のこと」で第19回の女性映画祭に来てくれたコイシェ監督が、むごい戦争を生きのびた女性の沈黙を、静かに描ききったその才能を思い出します。唇をちょっとゆがめて、よいものはよいとはっきり話すいかにもカタルーニャ人で、女性監督の存在理由を明快に自覚するこのイサベル・コイシェさんの、私は大ファンなのです。

 最後になってしまいましたが、パトリシア・クラークソンのなんと美しいこと。TOHOシネマズ日本橋、六本木ヒルズなどで上映中です。

 大竹 洋子            
 元東京国際女性映画祭ディレクター
 日本映画ペンクラブ会員

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