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◆ 第50回台北金馬奨リポート 中山治美




台北金馬映画祭主席の侯孝賢監督と今年の審査員メンバー
左から、Paolo Bertlin (イタリア)、中山治美 (日本)、侯孝賢監督、Elise Domenach (フランス)、Cecilia Wong Lai-Ming (香港)、Alphonse Youth Leigh (台湾)


 今やハリウッドスターのジャッキー・チェン、女優から国際的な監督へと飛躍したジュアン・チェン、そして台湾映画界の雄ホウ・シャオシェン…。錚々たる台北金馬奨受賞者が並んだステージで、最優秀長編作品賞に選ばれたのは新人監督アンソニー・チェン監督『イロイロ(原題)/ILO ILO』。同部門でシンガポール映画は受賞するのは初めてだ。節目の年を迎え、盛大に開催された中国語映画の祭典・第50回台北金馬奨(11月23日、台北・國父記念館)。だが、こんな劇的な展開が用意されているとは誰が予想出来であろうか。今回の審査委員長は映画『ラスト、コーション』などで知られるアン・リー監督だが、かなりニクい演出を用意してくれたものだ。中流家庭に雇われたフィリピン人のメイドを通して見たシンガポールの家族の絆と経済危機を描いた『イロイロ(原題)/ILO ILO』は、他、最優秀新人監督賞、最優秀助演女優賞(ヨウ・ヤンヤン)、最優秀脚本賞と4冠を獲得した。シンガポール映画界の繁栄と後進を飛躍させたいという審査員たちの願いがここに込められているのだろう。

 それにしても、台湾を中心に中国語映画を対象とした本年度台北金馬奨ノミネート作品のレベルの高さは、本場米国アカデミー賞を凌ぐほどだ。最優秀長編作品賞には、ウォン・カーワァイ監督『グランド・マスター』(中国・香港)、本年度カンヌ国際映画祭脚本賞受賞作ジャ・ジャンクー監督『罪の手ざわり』(日本・中国)、同ベネチア国際映画祭審査員大賞受賞作ツァイ・ミンリャン監督『ピクニック』(台湾・仏)、香港アクション映画祭の巨匠ジョニー・トー監督『ドラッグ・ウォー 毒戦』(中国・香港)と力作揃いだ。

 それらがいずれも、オリジナル脚本であるというところに、製作者のプライドと中華圏映画界の底力を感じる。漫画かベストセラー小説ありきで映画製作が進む日本の映画業界に接している人間からすれば、羨ましい限りだ。奇しくもステージ上でアンソニー・チャン監督が、彼らを前にして語っていたが「僕が映画学校で研修していた、憧れの先輩たち」という言葉に嘘はないだろう。゛自分たちの物語をスクリーンで見せる゛という長年培われた伝統が、結果的に人材育成に繋がり、世界中の映画ファンから支持される所以となっているのだろう。

 もちろんその一方で、中国の経済成長に伴い中華圏の娯楽産業も拡大していった結果、昨今はハリウッドナイズされている点は否めない。特に、台湾映画にその傾向が強い。そんな中、作家主義を貫くツァイ・ミンリャン監督が映画作りに疲れ、『ピクニック』をもって監督業引退を表明する事態に至ったことは記憶に新しい。

 だが今回の金馬奨でツァイ・ミンリャン監督は最優秀監督賞を、長年のパートナーである男優リー・カンションは最優秀主演男優賞を受賞した。2人とも、『愛情萬歳』(94)以来2度目の同賞受賞となる。アン・リー監督から受賞を受けたツァイ・ミンリャン監督は、思わず「また映画が撮りなくなった」と引退を撤回するような発言を漏らした。アン・リー監督は台湾人だがハリウッドへ、対してツァイ・ミンリャン監督はマレーシア人だが台湾でと、異国で現在の地位を築いてきた同士である。敬愛するリー監督からの賞を介しての応援メッセージに、気持が揺れているのかもしれない。

 そんな中、国際批評家賞審査員として参加した我々は、台北金馬映画祭(11月8日?28日開催)の新人監督を対象とした9作からジュノ・マック監督『リゴル・モルティス(英題)/Rigor Mortis』(香港)を賞に選んだ。アン・リー監督らがシンガポール映画界に希望を授けたように、我々も、失われつつある香港映画伝統のキョンシー映画にオマージュを捧げ、斬新な映像で今に甦らせた30歳の新鋭に未来を託した。

 ただしノミネート作の中には『ILO ILO』のほか、中国と香港の境界線を舞台にした『ベンズ(英題)/Bends』(フロラ・ラウ監督、香港)、中国女性の性の問題に切り込んだ『Longing For The Rain』(ヤン・リナ監督、香港)と、いずれも新人とは思えぬクオリティで、日本の新人監督作を見慣れた筆者としては、正直この差に愕然とさせられた。日本の若手は自分の関心のある狭い世界を描いて自己満足している作品が多いが、彼らの作品からは小さな家族や組織を通して社会や文化が見えるという広い視野を持っているのだ。同世代である彼らがどんな世界に視点を向けているのか? 日本の若手にぜひ作品を観てほしいと思ったと同時に、今回の審査員の経験は、我が国の映画産業を見つめ直す良いきっかけになった。

 また、金馬奨の開催に合わせて、日本統治下時代のタバコ工場をリノベーションした松山文創園品では「金馬50風華展」(11月15日〜12月8日)と題された展覧会が開催された。歴代受賞者の金馬奨トロフィーから、キン・フー監督のディレクターズ・チェア、レポート用紙に書かれたホウ・シャオシェン監督『非情城市』の演出プラン、第48回金馬奨最優秀作品賞受賞作『セデック・バレ』(ウェイ・ダーション監督)の絵コンテや衣装など、映画ファン垂涎の品々が展示されて見応えがあった。さらに、入場料は無料だったことも付け加えておきたい。

 中山治美


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