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 まるで本物の猿なのだ。チンパンジーもゴリラもオランウータンも、動物園にいるのとそっくり同じ類人猿たちが、森の木々を枝から枝へと跳び移ったり、立ち上がり仲間と討議したり、馬に乗ったり、銃を手に人間と戦ったり。その表情たるや、生身の俳優にも負けていない。シリーズ最新作『猿の惑星 聖戦記』である。

 思えば、最初の『猿の惑星』が公開されたのが、1968年、今から49年前のこと。主演が大スターのチャールトン・ヘストンだった。

 宇宙を光速で航行中のアメリカの宇宙船が未知の惑星に不時着すると、そこは知的な類人猿が支配する世界で、人間は言葉を持たない下等動物。未知の惑星のはずなのに、大気も温度も水も植物も地球と変わらず、猿や人間以外に馬まで存在する。しかも猿たちが話すのが英語だった。

 もうネタばれにはならないと思うが、有名な自由の女神のラストシーン。そこは人類の大半が核戦争で滅び退化して、猿が代わりに進化した未来の地球だったのだ。

 この映画が大ヒットして、『続猿の惑星』『新猿の惑星』『猿の惑星征服』『最後の猿の惑星』と次々に作られ、この世界観をもとにTVシリーズさえ作られている。

 原作者のピエール・ブールは『猿の惑星』をSFというよりは諷刺文学として書いており、その元になったのがジョナサン・スウィフトの『ガリバー旅行記』だと言われている。ガリバーは小人の国や巨人の国を巡ったあと、最後の航海で馬の島フウイヌムに漂着する。そこは人間よりもはるかに知的で哲学的な思考をする高貴な馬の世界だった。この島にはヤフーと呼ばれる野蛮で不潔な害獣がいて、馬たちはこれを嫌っている。実はヤフーこそ、かつてこの島に流れ着いて増殖した人間たちの退化した姿だった。馬を猿に置き換えて未来の宇宙を舞台にしたのが『猿の惑星』である。

 2001年にはティム・バートン監督で第一作のリメイクが作られた。猿が支配する未来の地球という設定は同じだが、ラストは異なる。

 そして、2010年、猿の惑星の紀元を描く新シリーズが登場。それが今回の『猿の惑星 聖戦記』へと続いている。

 どういうわけで猿が進化したのか。その発端が『猿の惑星 創世記』である。大手製薬会社がアルツハイマーの治療薬を開発するため、アフリカから捕獲してきたチンパンジーを実験に使う。ある試薬が猿を賢くさせ、人間のアルツハイマー治療にも効果があることがわかり、製薬会社はこれを特効薬として大量生産する。が、人間に対する効果は一時的で、やがて副作用として有害なウィルスが発生し、感染が世界に広がり、次々と人が死に絶えて、賢くなった猿がどんどん増えていく。高齢化社会と認知症と薬害を象徴するような映画だった。

 次の『猿の惑星 新世記』は生き残りの人類と進化した猿が共存できるかどうか。そして猿たちの中でさえ、権力争いが起こる。

 今回のシリーズ最新作『猿の惑星 聖戦記』は人と猿との最後の戦いとなる。平和に暮らす猿たちを襲う人間の軍隊。わずかな生き残りとはいえ重装備の軍人たちに対して、ほとんど武器を持たない猿がどう挑むのか。人間でありながら、思わず猿に感情移入している自分に驚いた。

 今回のシリーズでは、猿たちはコンピュータグラフィックスで合成された本物そっくりの類人猿。1968年の『猿の惑星』では特殊メイキャップによって、ロディ・マクドゥール、キム・ハンター、モーリス・エバンスら名優が猿に扮していたというのに。一番進化したのは物語の中の猿ではなく、CGによる映像技術なのかもしれない。

 49年前、中学生で初めて第一作を観て以来、公開されるたびに観続けた『猿の惑星』ではあるが、秘かに夢想する。人も猿も、結局は争いから逃れられずに滅亡する。そして、最後に残るのが知的なフウイヌム、ガリバーの馬たちだったら世界は永遠に平和かもしれないと。

 飯島一次

猿の惑星 聖戦記 公式サイト

掲載日2017.10.26
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