J・D・サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて(The Catcher in the Rye)』が出版されたのは1950年代の初め。主人公のホールデン・コールフィールドはペンシルバニアの全寮制名門校の生徒で、小説はその一人称で書かれており、共感する多くの若者たちに読み継がれている。
今回の映画『ライ麦畑で出会ったら(Coming Through the Rye)』の背景は1969年。ペンシルバニアの名門校に学ぶ主人公ジェイミーは『ライ麦畑でつかまえて』を愛読するあまり、自分をホールデンと重ね合わせ、所属する学校の演劇部での上演を計画する。
演劇部というだけで、体育会系の生徒たちから見下げられ、いじめられている。そんな現状から脱却するためにも、『ライ麦畑でつかまえて』の上演は必要なのだ。
演劇部の指導教師から作者に無断で上演はできないといわれ、隠遁作家に許可をもらいに行くことになる。同行するのは近所の女子校に通うディーディー。
なんとかふたりでサリンジャーの住んでいると思われる近所までたどり着くのだが、地域の人たちはだれひとり高名な作家の家なんか知らないという。
が、あるきっかけで森に囲まれた丘の上の家で、ようやく本人に会うことができる。憧れの作家の前で、ジェイミーは思いのたけを語る。サリンジャーは自分の本は小説であり、演劇でも映画でもない。上演なんて許可しないとそっけない。さて、舞台化の夢はかなうのか。
悪役の多いクリス・クーパーが渋いサリンジャーを演じていて、うれしい。
映画の原題(Coming Through the Rye)はスコットランド民謡で、日本では『故郷の空』という題名の唱歌として、大和田建樹作詞の「夕空晴れて秋風吹き…」で有名である。
ただし、元歌は誰かと誰かがライ麦畑でキスしてる。というようなエロチックな内容で、実は日本ではいかりや長介や加藤茶のザ・ドリフターズが歌う『誰かさんと誰かさん』がそれに近いと思われる。
もちろん、サリンジャーの小説のタイトル(The Catcher in the Rye)はこのスコットランド民謡から取られている。
学校を退学になったホールデンがひそかにニューヨークの家に戻ると、寝ていた幼い妹が、お兄ちゃんは将来、どんな仕事がしたいのかと聞く。
ライ麦畑で遊んでいる大勢の子供たち。その子供たちが近くの崖に落ちないようにつかまえる仕事がしたい。
脚本・監督のジェームズ・サドウィズは1952年生まれ。この物語はほぼサドウィズの自伝とのこと。
1969年、当時高校生だった私は、まず庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読み、その後、白水社の『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。あれから約40年。『ライ麦畑で出会ったら』を観たおかげで、今度は村上春樹の新訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読み返す。
飯島一次
ライ麦畑で出会ったら 公式サイト