【ヴィオレット ある作家の肖像】



 描かれる物語はせつなすぎるけれど、心のすみに温存してときどき取り出してみたい、特に女性にお勧めの作品だ。

 冒頭、何が映っているのかよくわからなくて、よく見ると肉塊だった。始まりは不気味だ。

 1949年、「第二の性」を執筆したフランス女性シモーヌ・ド・ボーヴォワールは、フェミニズム運動に革新をもたらした。哲学者で作家のジャン=ポール・サルトルとの契約結婚でも知られている。その同じ時代、女性として初めて自分の性の告白を剥き出しに書いたヴィオレット・ルデュックという作家がいた。彼女の小説は当時の社会には受け入れられず、彼女自身も精神を病む。そんな彼女が書き続けることが出来たのはボーヴォワールの支えによるものだった。ヴィオレットは、本国フランスでも忘れ去られた存在だったが、本作の公開を気に全集が出版、再評価に至った。ボーヴォワールの知られざる一面と共に、ヴィオレットという苦悩の作家を知ることが出来る興味深い内容になっている。

 ヒロインを演じるエマニュエル・ドゥヴォスは、ヴィオレットを「文学界のゴッホ」と例える。自己の苦しみを芸術を通して乗り越えていく美しさに共感出来るのだという。彼女の最大のコンプレックスは、私生児であること。それともうひとつが、鼻だ。大き過ぎる。そこで監督のマルタン・プロヴォ(『セラフィーヌの庭』)は、ドゥヴォスに付け鼻を用意した。キャスティングが困難だったボーヴォワールの役にサンドリーヌ・キベルランを推薦したのもドゥヴォスだった。ふたりの女優の共演も見ものだ。

 1942年、戦時ちゅうのフランス、ヴィオレットは、夫婦と偽りノルマンディーの村に疎開していた。相手のモーリスは、挫折した作家で同性愛者だった。彼は逃げるように単身パリへ戻る際、ヴィオレットに「書くことで吐き出せ」と言い放つ。

 ヴィオレットの処女小説『窒息』が生まれる。
 母は私の手を握らなかった。そんな彼女の少女時代の自伝的物語だ。モーリスからの手紙をその友人から受け取る。ドイツに行ったモーリスが帰国するにはヴィオレットの妊娠証明書が必要だった。ヴィオレットは、それを拒否。その友人宅でシモーヌ・ド・ボーヴォワールの小説「招かれた女』を初めて手にし、彼女に会いに行く決意をする。

12月19日公開。ロードショー。岩波ホール。配給 ムヴィオラ

水島裕子

ヴィオレット ある作家の肖像 公式サイト

2015年12月02日