【アルプススタンドのはしの方】

©2020「アルプススタンドのはしの方」製作委員会


 野球部が夏の甲子園大会一回戦に進み、生徒たちは応援に駆り出された。晴れの舞台に盛り上がるアルプススタンド。
そこに演劇部員の安田あすはと田宮ひかる、元野球部の藤野富士夫、常に学年トップの宮下恵が遅れてやってくる。
映画『アルプススタンドのはしの方』は心にわだかまりを抱えた4人の高校生がアルプススタンドのはしの方に座って繰り広げる会話劇である。

 原作は兵庫県東播磨高校演劇部が上演し、第63回全国高等学校演劇大会で最優秀賞に輝いた名作戯曲。
2019 年に浅草九劇で上演されて好評を博し、同年度内に上演された演劇から選出される”浅草ニューフェイス賞”受賞を経て映画化された。
監督はピンク映画、Vシネマの名作を100 本以上手がけた城定秀夫。
キャストはほぼ続投し、舞台では会話の中にしか登場しなかった吹奏楽部部長の久住も登場する。

 映し出されるのはアルプススタンドのはしの方ばかり。時々、吹奏楽部の演奏シーンやネット裏が出てくるが、選手たちが試合をするグラウンドは一切出てこない。
しかし、キャストたちの目がボールを追う動きをすることで、状況が伝わってくる。
野球に詳しくなかったキャストたちは神宮球場に行って、大学野球を観戦し、応援を体感してから演技に臨んだという。

 4人はそれぞれ諦めなくてはならないことを抱えている。会話の端々に「しょうがない」という言葉が出てきた。
確かにどうしようもないことはある。例えば、コロナ禍の今、多くの人がたくさんのことを諦めざるを得なかった。
甲子園は春夏ともに中止となったが、一般の高校生たちも文化祭や体育祭の中止や縮小を余儀なくされている。
1年かけて準備してきた行事の中止はやり切れないだろう。しかし、状況を受け入れた上でリモート文化祭、リモート体育祭を企画している話も聞く。

 映画版になって登場した久住は野球部エースピッチャーの彼女で、宮下に変わって学年トップになったリア充の象徴。
そんな久住に“真ん中”にいる者の苦労を語らせる。真ん中でもはしでも苦労はある。ダメだと思って諦めたら進めない。
ビジョンを変えれば、道は開けると4人は気づく。主演の小野莉奈はインタビューで「仕方ないという言葉は使わなくなりました」と語っていた。
この作品はコロナ禍の今こそ見るべきかもしれない。

堀木三紀


このコロナ禍の現在春の選抜、夏の選手権、それぞれの甲子園野球大会が中止になった今まさに今年の高校野球映画といっていい作品だ。
舞台は甲子園ではない高校野球の地方大会の一回戦の応援スタンドの片隅。
学校から動員されて仕方なく球場にやってきて他の全体の応援席に入らずスタンドの隅っこに陣取る演劇部の女子高生二人と元野球部の男子高生の三人。
ちょっと離れたところに佇む帰宅部の女子高生独りそして高校野球好きの英語教師が皆と一緒に応援に参加するよう傍にやってくる。
これだけの登場人物とこの設定で物語は進んでゆく。
グラウンドも野球選手も登場しないが彼らの会話と状況音だけで試合の経過が表現される。
巧みな演出。
この登場人物たちは皆それぞれ内に小さな挫折を抱えていてそのことが物語のテーマを進行させこれも巧みだ。
物語はたいしてドラマティックではなくウダウダしたもので観る者からしたらどうでもいいことだけれど本人たちにとっては一大事なこと。
これが青春なんだろう演劇部の女子の一人は高校演劇の全国大会に主演ででる予定だったのに自身の風邪のため辞退せざるをえなかった。
まさに今年コロナ禍で有無を言わせず大会が中止になり全国大会出場をあきらめざるを得なかった高校生は.運動部員も文化部員もあまた居たことだろう。
このエピをとっても今年の映画である。
ここには男女の恋愛も昨今流行りのボーイズラブもないがでもそこには格好よくはないが確かに青春がある。

 柳澤和三



「アルプススタンドのはしの方」公式サイト:https://alpsnohashi.com/
     7月24日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー

 

2020年07月08日