【セルゲイ・ロズニツァ「群衆」ドキュメンタリー3選】

       ©Atoms&Void / Imperativ Films

 11月14日からセルゲイ・ロズニツァのドキュメンタリー3作がシアター・イメージフォーラムで日本初公開される。

 ロズニツァは64年ベラルーシ生まれのウクライナ人。モスクワの映画大学で映画を学び、96年からサンクトペテルブルク・ドキュメンタリー映画スタジオで映画製作を始めた。現在はベルリン在住で、これまで21本のドキュメンタリーと4本の長編劇映画を監督、劇映画はいずれもカンヌ映画祭に正式出品されている。今回の『粛正裁判』、『国葬』、『アウステルリッツ』の3本は、ヴェネツィア映画祭正式出品作である。

 『粛正裁判』は、1930年にソ連の工業界のトップにいた8名の技術者が西欧諸国と通じ、クーデタを企てたとして裁判にかけられた、いわゆる“産業党”事件の法廷を撮ったドキュメンタリーだ。公開で行われた裁判は、発明されたばかりのトーキー映画『13日事件』として記録された。が、この事件は、実は産業の国営化を前に、労働者の怨嗟の的だった技術者のトップをスケープゴートにして、権力の掌握を図ったスターリンのでっちあげだった。『13日事件』そのものが、ドキュメンタリーの体裁をとった“筋書きのあるドラマ”だったという驚愕のドキュメンタリーである。

 『国葬』はスターリンの葬儀を撮った幻の未公開映画『偉大なる別れ』の再現である。発見されたアーカイヴ映像には当時200名近いカメラマンがソ連邦の津々浦々に派遣されて撮影した追悼行事と、モスクワでの盛大な国葬の模様が、モノクロとカラー映像で克明に記録されていた。おそらくは史上最大規模であろう独裁者の国葬は、何もかもが桁外れで、近代史を知らなくても十分に興味深いが、弔問に訪れた各国の要人の顔ぶれ(中国の周恩来、や、葬儀の裏で起こっていた権力闘争の凄まじさを知った目で見ると、さらに興味深い。

 『アウステルリッツ』は、現在の強制収容所を訪れる人々を撮ったドキュメンタリーだ。“アウステルリッツ”とは地名でなく、ロズニツァが着想を得たW・G・ゼーバルトの小説の題名。いわゆるダークツーリズムを扱ったものだが、負の遺産として保存された強制収容所と、そこを観光で訪れる人々を淡々と撮った映像の対比に、ある種の感慨が浮かびあがってくる。

 映画を学ぶ前にAIの研究者だったというロズニツァのドキュメンタリーには、科学者が標本を作るときのような正確さと公平さ、視線の確かさがある。今、ヨーロッパで注目を集める異才の作品をお見逃しなく。


齋藤敦子

2020年11月05日