1967年8月、茨城県相馬郡利根町布川(ふかわ)で、一人暮らしの大工が殺され、二人組の犯行という推定をもとに、強盗殺人の容疑で二人の若者が逮捕された。町の不良少年、櫻井昌司さんと杉山卓男(たかお)さん、ショージとタカオである。これが布川事件の発端だった。
彼らは強要された“自白”によって無期懲役囚となり、拘置所と刑務所をあわせて通算29年間を獄中で過ごした。映画は1996年11月に二人が仮釈放された日から、現在までの14年の日々を描く。
監督の井手洋子さんが構成、撮影、編集の殆どを一人でやりとげた「ショージとタカオ」は、公開前から評判になり、2010年度キネマ旬報ベストテンの文化映画部門第1位に選出されている。
井手さんは1994年2月のある日、知人から「壁のうた」という名のコンサートを撮影してくれないかと依頼された。新宿の地下の劇場で、クラシック歌手の佐藤光政さんが歌っていたのが捕らわれのショージが作詞作曲した歌だった。タカオが書いた詩も紹介された。「今夜の主役であるはずの二人は、独房の壁に耳を押しあてて聴いていることでしょう」と佐藤さんは話した。布川事件は多くの支援者を集め、既に10回を重ねたコンサートは満員の聴衆であふれていた。
この夜のコンサートをきっかけに、井手さんが完成させたドキュメンタリー「ショージとタカオ」を、どうぞ見てください。そこにはこの世の矛盾と、前を向いて生きてゆこうとする人間、それを応援する人々、そして冤罪の恐ろしさがきっちり描かれています。ショージとタカオの飄飄とした人物像にも驚かされます。
井手さんはかつて助監督を務めた羽田澄子さんの、けれんのない率直な映画作りを引き継いでいる。先入観や思い込みを排除し、前もって書いた脚本にあてはめることはせず、目の前で起こったことだけを撮る。井手さんの屈託のない明るい問いかけやナレーションも、見る者に安心感を与えて作品は見事に成功した。
壁の中でも外でも、無実を訴え再審を請求しつづけたショージとタカオは、63歳と64歳になった。その長い闘いが結審を迎える3月16日を前に、思いもよらぬ東日本大震災が発生して、判決は延期された。「私たちに普通の生活を返してください」という彼らの願いは、またもや先送りになった。
本作を取り上げてくれる予定のテレビ番組も新聞記事も出ないまま、3月19日から新宿のK’s cinemaで上映が始まっている。
大竹洋子
ショージとタカオ公式サイト
ショージとタカオの無罪が確定したことはご存知の通りです。