◆ 第54回カルタヘナ国際映画祭リポート 斉藤博昭

 カリブ海に面した、コロンビアのリゾート地、カルタヘナ。要塞に囲まれた旧市街には、ヨーロッパ風の建築に、カリビアンらしい超カラフルな色遣いがほどこされ、まさに異空間の風景を作り出していた。この地で3月13日から19日まで開催されたカルタヘナ国際映画祭は、今年で54回目。南米で最も歴史が長く、規模も最大級という伝統の映画祭に、FIPRESCI(国際映画批評家連盟)の審査員として参加した。

 日本を出発し、中継地で1泊。ほぼ2日間という長旅を経て、到着したカルタヘナは、中心部の数カ所で屋外上映も行なわれるなど、街全体が映画祭の熱気で盛り上がっていた。FIPRESCIの審査対象となるドラマ部門コンペティションのエントリー12本は、すべてラテンアメリカの作品。われわれ審査員(ポーランド、スペイン、日本からの計3名)も一般観客とともに作品を鑑賞したのだが、そのほぼすべてが満席に近い状態だった。この映画祭の最大の特徴は、基本的に無料で作品を観られること。日本円で1000円ほどの優先パスを買えば、全作を優先入場で観られるのだが、大半の席は無料で開放されている。ふだん劇場に足を運んでまで映画を観ない人にも、このチャンスに貴重な体験をしてもらいたい。映画祭側の強いこだわりと心遣いが感じられる。

 コンペ作品は、まさに百花繚乱のごときラインナップで、国やジャンル、映像のタッチまでバラエティに富んでいたが、多くの作品が「家族」をテーマにしていたのが印象に残った。われわれFIPRESCIが国際批評家連盟賞を贈ったのは、チリ映画『To Kill a Man(Matar a un hombre)』。不条理な暴力にさらされた一家の父親が、ショッキングな復讐劇に手を染める物語で、映像の異様なまでの緊張感と、大胆な展開に無理なく感情移入させる演出が際立っていた。監督のアレハンドロ・フェルナンデス・アルメンドラスは、日本人プロデューサーで女優の杉野希妃とのプロジェクトも進めているそうで、今後の国際的な活躍に期待がかかる。

 メインのドラマ部門だけでなく、ドキュメンタリー、短編など複数のコンペティションがあり、その中のひとつ「GEMAS」というカテゴリーで、うれしいサプライズがあった。日本の『そして父になる』が最高賞に輝いたのだ。この部門には、世界各国の映画祭などですでに評価され、今後、コロンビアで劇場公開を切望される作品が集められた。今年のアカデミー賞外国語映画賞を受賞した『グレート・ビューティー/追憶のローマ』や、ジャ・ジャンクー監督の『罪の手ざわり』など錚々たるライバルを抑えての受賞は快挙と言っていい。前述したとおり、無料上映が基本の本映画祭は、無料ゆえに、飽きた観客が途中で退席するケースも珍しくない。しかし『そして父になる』の上映時は、その光景とは無縁。観客の笑いや感動の反応も作品の意図どおりで、本作が国境を越えて、普遍的な共感を呼び起こす事実を証明した。

 今年のゲストは、クライヴ・オーウェンや、アッバス・キアロスタミ、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、ジョン・セイルズらで、彼らとパーティーで気軽に会話を交わせるなど、開放的な空気も特徴のカルタヘナ国際映画祭。ラテンアメリカの貴重な作品に出会えるのはもちろん、献身的な「おもてなし」の心を貫いていたボランティアスタッフのピュアな表情が、カリブの熱い太陽の下、最も美しく輝いていた。

斉藤博昭

2014年03月30日