題名は知っていたけれど幻だった本作、やっと見ることができました。やはり、さすがですよね。
ダニー・ケイ、ニューヨークフィル、チャリティの呼びかけで集まったセレブな聴衆たち。この三者が一体となってつくる時空間(世界といった方がいいのかな)が大人だなあと思わせてくれます。
ただし、ここでの芸というかコミュニケーションは、いわばヤードポンド法のものなので、尺貫法またはメートル法に親しんでいる僕らにはピタッと来ない部分もある。現に、聴衆が10回笑うとして、僕らウォッチャーが笑うのは1回か2回、批評的に見ていることを勘案しても、この聴衆のような回路では笑えないのね。
また、チャリティという舶来の概念は未だ日本国に根付いているとはいえず、人のための寄付というときは「義捐金」という言葉の方が出てきますから、チャリティの目線で見ることにも慣れてはいない。
このコンサートを今の日本でやるとなれば、ダニー・ケイ役はさしずめ春風亭小朝師匠で、ズービン・メータ役は佐渡裕さん、オケは東フィル。聴衆は、チャリティのセレブよりもクラシック音楽に目覚めた青少年の方が盛り上がるかもしれない。ふと、そんなことを想いました。いずれにせよ、日米でいろいろ違うはずです。
とはいえ、ダニー・ケイ。少しずつ聴衆をいじっていって、完全に取り込むと後はもう思うがまま。ニューヨークフィルとはプロ同士の信頼で結びつき、聴衆にとってのダニー・ケイは"ご存じ"
の人、ダニー・ケイにとってのセレブ聴衆はいじりやすい大人たちという関係ですか。時間の進行とともに"三者は楽しき共犯関係"
になっていくのが伝わってくるようです。
それにしても、20もの名曲を誰が選んで、どうつなげたのか? 構成作家(チーム)がいたのか? ダニー・ケイとメータとオケの合議なのか? 個々のギャグはダニー・ケイが考えたのだろうが、彼が一切合財を仕切っていたとすればほんとにすごい。異色のクラシック入門として、本作でクラシックと出会ったというファンもいたかもしれない。文字どおり一見に値する映像であり、見事に中継・編集してくれたスタッフにも拍手を送ります。
考えてみれば、この屈託のなさは9・11の前でしょう。今のアメリカでもなお、ここでの誇りとくつろぎは成り立つのだろうか。もしかすると、これはまだかろうじて健全だった時代の幸せの記録なのかな。ダニー・ケイとオケの動きについては、小倉智明キャスターあたりが映画評論家より素敵なコメントを発信してくれそうな気もする。
(南條廣介)