◆ 第68回カンヌ国際映画祭リポート  まつかわゆま

 今年は新会長ピエール・レスキュールが就任し、いくつかの改革、はっきり言って商業化を進めるためのアイデアを持ち込んだ映画祭になりました。セレモニーのイベント化や、新しいスポンサーに関連した新しい賞とテーマの設定など、その功罪はもう何年かしないとはっきりしないと思いますが、少なくとも今年はあまり評判がよくない試みであったことは確かでしょう。ただし、「ウーマン・イン・モーション」という女性映画人を顕彰・応援するという企画は成功させてほしいものだと思います。もちろんジェンダーに関係なく作品主体で勝負、というのが理想ですが、まだまだ作品を作る前や作品に出る前に女性であることや年齢などの障壁がある現実にはこういう試みが必要だと思うので。

 さて。今年のカンヌには日本関係の作品が多く出品されていました。コンペには是枝裕和監督の『海街diary』が、ある視点部門には河瀬直美監督『あん』と黒沢清監督『岸辺の旅』がそれぞれ選出され、黒沢監督がある視点部門の監督賞を獲得しました。監督週間では特別招待作品として三池崇史監督『極道大戦争』が上映され大受けしていましたし、野外上映のシネマ・ド・プラージュ部門では黒澤明監督『影武者』が、修復やデジタル化された旧作を上映するクラッシック部門では『残菊物語』と『仁義なき戦い』が上映されました。日本映画の上映はこの7本でしたが、日本人俳優が出演したコンペ作品『The Sea of Tree』『黒衣の刺客』があり、さらに各国の声優が招かれた特別上映の『リトル・プリンス』もあり、と全部で日本関連作品が10本もありました。各作品で来場した日本人ゲストなども多く、日本人記者にとっては大変せわしない今年のカンヌでした。

 日本人監督の顔触れを見ると”常連”と言っていい人ばかりで、新しい顔がないのはさびしいばかりですが、各作品の評判は悪くはなく、インパクトには欠けるけれどもその監督に望まれるタッチを生かしつつ、それぞれに新しい挑戦も行っているところは評価されたのではないかと思います。

 黒沢監督の監督賞は、今年全般的に多かった”死”についての作品の中で一つの救いを提示したことが評価されたのではないでしょうか。一神教の人々にとって、『岸辺の旅』が提示した”死”と”生”の曖昧な境界や、死者と生者の交錯などがどこかエキゾチックでありながら心休まるコトだったのだと思います。上映後多くの人々が一言監督に思いを伝えたくてロビーに残っていたことも、ある視点部門審査員長のイザベラ・ロッセリーニがわざわざ監督に「私は母がいつもそばにいるような気がしていたのですが、それは特別なことではなかったのですね」と伝えたことも、その証明になるのではないかと思います。

 では、コンペの受賞作について。今年は「女性と映画」というテーマを新会長が掲げたこともあってか、女性を主人公にした作品が目につきました。しかし女性監督はいつもとだいたい同じ割合の2人であり、男性監督が作る女性主人公映画は「母」についてのものがほとんどであり、もっと言ってしまえば「母親が母親であること(生理的生物的な母という感じです)を全うしないとこんなことになってしまう」と描いているような感じがして私の居心地はあまりよくありませんでした。

 結果的に、コーエン兄弟を2人審査員長という史上初の布陣で臨んだ審査員団が選び出したのは「女性と映画」的な作品ではなく、もう一つの今年の傾向であった「死に縁どられた映画」たちだったと思います。私はカンヌ映画祭とはヨーロッパの1年間の気分を反映する映画祭だと思っています。その「今年の気分」は決して明るいものではなく、ヨーロッパ・中東・アフリカのエリアを覆う理不尽で不寛容な「死」に直面したものだとおもいます。

 そんな気分の下で集められた作品の中から審査員団が選んだパルム・ド・オルはジャック・オディヤール監督の『ディーパン』でした。グランプリを獲ったことはあるけれどまだパルムを取っていないオディヤールの満を期した受賞とも言えますが、これが彼の最高傑作とは言えないと私は思います。ただし、暴力と愛を描く彼らしい作品ではあると思います。主人公はタミール人の「タミール解放のトラ」兵士ディーパン。戦いに膿んだ彼は亡命を試み、難民キャンプで知り合った見知らぬ女と彼女が探してきた親を失った少女の3人で家族と偽りフランスに渡ります。そこでディーパンは低所得者住宅の管理人として働き始めます。しかしそこはストリートギャングの巣窟で、偽りの家族を本物の家族にしたいと願うディーパンはギャングたちの抗争に巻き込まれていくことになるのです。「死」をモチーフにしていても内向きな作品が多かった中、外に開かれているところがよかったと私も思いました。

 グランプリを受賞したのはハンガリーの新人監督ラズロ・ネメス『サウルの息子』です。アウシュビッツで雑役夫をさせられているユダヤ系ハンガリー人サウルが、ガス室で死にきれなかった少年を見つけますが、医師は少年を簡単に殺してしまいます。サウルはそれまでユダヤ人たちをガス室に送り死体を片づけガス室を掃除するという日々を過ごしてきましたが、この少年だけはきちんとユダヤの儀式にのっとって埋葬してやりたいと死体を盗み出し隠すのです。カンヌのコンペ作はカンヌの各部門を制覇してきた人のたどり着く場所ですが、たまにネメス監督のようにそのプロセスを経ずに選ばれる人もいます。そんな”新人”であるネメス監督ですが、この作品では常にサウルだけにピントが合っているという実験的な撮影方法を選び見事にグランプリを獲得しました。

 審査員賞はギリシャのヨルゴス・ランティモス監督『ロブスター』。同じ嗜好を持った同士で結婚しないと動物に変えられてしまう社会に生きる男女の物語というユニークなブラックコメディです。コンペ作の中でも際立ったユニークさでした。監督賞は『黒衣の刺客』のホウ・シャオシェン監督。同作には妻夫木聡が出演しています。脚本賞はメキシコのマイケル・フランコ監督『クロニクル』に。プロデューサーでもある主演のティム・ロスがいつもとは全く趣の違う、寡黙な看護師役で静かな名演を見せていました。演技賞は、女優賞をトッド・へインズ監督の『キャロル』でケイト・ブランシェットとダブル・ヒロインを演じたルーニー・マーラとマイウェン監督『私の王様』で浮気な夫に悩む女性弁護士を演じたエマニュエル・ベルコに。男優賞は『マーケットの掟』のヴァンサン・ランドンが受賞しました。ベルコはオープニング作品『頭をあげて』では監督を務め、「女性と映画」という今年のテーマを象徴するような活躍を見せました。

 来年もカンヌはテーマをもうけてコンペティションに臨むのか、それは今はまだわかりませんが、確実に新会長はカンヌを変革するつもりです。それがどんな形で来年現れるのか、その評価はどうなるのか。楽しみに見守りたいと思います。

2015年08月15日