北米最大規模といわれるカナダのトロント国際映画祭は、毎年9月初旬に開催され、翌年のアカデミー賞の前哨戦とも評されている。
この映画祭が市民参加の映画祭として根付いていることは、行きの機内で日本人CAから「トロント映画祭に行かれるのですか? 昨年は渡辺謙さんや宮﨑あおいさんがお見えになられましたが、今年はどなたがいらっしゃるのですか?」と聞かれたことでもわかる。
2017年9月7~17日まで開催された第42回トロント国際映画祭で上映された作品は、東京国際映画祭で見ることができるものが何本もある。 今回、第30回東京国際映画祭で特別上映されるイギリス映画、マーティン・マクドナー監督の「スリー・ビルボード」は、昨年、トロント国際映画祭で「ラ・ラ・ランド」が受賞した観客賞を受賞した。保守的なミズーリの町で事件が起きた。しかし日々何事もなく生きていこうとする人々。娘を失った母(フランシス・マクドーマンド)は、ミズーリに、そして人々に立ち向かう。

(C)2017 Twentieth Century Fox; 2018年公開予定
観客賞にはドキュメンタリー部門もあり、日本で公開予定のフランス映画、アニエス・ヴァルダ(89)&JRの「Visages Villages」が受賞した。こちらは5月のカンヌ国際映画祭で特別上映され、その後フランスでロングランヒット中の市井の人々にレンズを向けた心温まる物語であり、ジャンルが違う受賞作2作に共通するのは、人々が暮らす「村」。2つの受賞作からもトロント国際映画祭のレベルの高さが感じられた。
日本映画も話題作が上映された。河瀬直美の第70回カンヌ国際映画祭エキュメニカル審査員賞を受賞した「光」が特別プレザンテーションで、ヴェネチア国際映画祭のコンペ部門で上映されたばかりの福山雅治主演、是枝裕和監督の「三度目の殺人」がマスター部門で上映された。福山雅治主演では、高倉健主演「君よ憤怒の河を渡れ」(76)をジョン・ウーがリメークした「追補 MUNHUNT」がプリンセスオブウェルズ劇場で上映され、満員の観客から喝さいを浴びた。カンヌ国際映画祭批評家週間に選ばれた寺島しのぶ主演「Oh Lucy!」(平柳敦子監督)も「ディスカバリー」部門で上映された。
だが特筆すべきは、映画祭オープニング初日の夜に70年代の東映カルト、千葉真一主演の「ウルフガイ 燃えろ狼男」(山口和彦)が、特別イベントでColin
Geddes' Farewell to Midnight Madnessとして上映されたことだ。トロント国際映画祭を42年前立ち上げ、2017年この世を去ったColin
Geddes。映画祭が誕生した70年代という時代に製作された日本映画が上映されたことは誇らしい。
他の映画祭ですでに上映された映画だけでなく、トロント国際映画祭で世界初上映されるものも多い。コンテンポラリーワールドシネマ部門で上映された蒼井優・阿部サダヲ主演、白石和彌監督「彼女がその名を知らない鳥たち」もその一つ、白石和彌監督はトロント入りし、観客と熱いQ&Aを交わした。
トロント国際映画祭で近年評判なのが、23時59分に上映開始になる「ミッドナイト・マッドネス」部門だ。会場は地元の大学のキャンパス内のRYERSONシアターで毎晩、行われる。今年は2夜連続して日本人映画監督の新作がトロントの人々を興奮させた。1本はハリウッド在住の北村龍平の「DOWNRANGE」、もう1本が梅沢壮一の「血を吸う粘土」で、ともにトロントが世界初上映だ。2階まで満員の館内では、上映前からいくつもの風船を飛ばす観客もいてマッドネスモード満点。
北村の「DOWNRANGE」はアメリカ製作でもちろん英語。謎の狙撃者の標的になり、楽しいドライブ気分から一転命の恐怖に怯える若者たち。出演者、スタッフが登壇しての舞台挨拶では、音楽担当がカナダ人だと紹介しただけでも会場は拍手が起こる。流ちょうな英語で観客の質問に受け答えする北村龍平。そういえば過去に監督した小栗旬主演の「ルパン三世」(14)も無国籍っぽかったのを思い出した。もちろん上戸彩の「あずみ」(03)の時代劇サバイバルも懐かしい。
もう1本、「血を吸う粘土」は、彫刻家を目指して美大受験を目指す地方の高校生たちを謎の粘土が襲うホラー。「冷たい熱帯魚」(10)の黒沢あすかが、受験生たちを指導する美術講師を演じている。日本から黒沢あすかと共にトロント入りした梅沢は、上映後のQ&A、終了後もサイン攻めにあい興奮気味、その頃には時刻は既に午前2時を回っていた。
24時間営業のコンビニやカフェがオープンしているので、深夜の独り歩きでも怖くない、そんなトロントの治安も映画祭を長続きさせている。
トロントで北米初上映されるものが多く、例えば第29回高松宮殿下記念世界文化賞絵画部門を受賞した女流監督シリン・ネシャット(イラン人、ニューヨーク在住)の、最新作「Looking
for Oum Kulthum」が上映されたが、09年、ヴェネチア国際映画祭で坂本龍一が音楽を担当した「男のいない女たち」で銀獅子賞を受賞したシリン・ネシャットは
「トロントはロサンゼルスに次いでアメリカでイラン人が多く住んでいるところです。そのトロントで北米初上映されたことは誇りです」と来日時に話してくれたが、様々な地域の出身の人が住んでいるトロントという場所柄も、バラエティに富んだ映画を上映して好評を得ている背景にあるのかもしれない。
第30回東京国際映画祭ワールドフォーカス部門で上映される「ライフ・アンド・ナッシング・モア」もトロントで上映された。スペイン出身のアントニオ・メンデスは、長編2作目で英語の映画に挑戦。母国語ではない英語の映画に、「英語の映画を作ることに難しさを感じない。それは語学の出来る、出来ないかが問題なのではない。アメリカのコロンビア大学で学び、現在フロリダで暮らしているが、生活することによって、母国語ではない英語の映画を撮る難しさを感じなくなっているのだと思う」と話す。
どこの会場に行っても、オレンジのTシャツを着た老若男女のボランティアが気軽に声をかけてくれるトロント国際映画祭。
日本映画ではないが、ヴェネチア国際映画祭オリゾンテ部門で特別表彰されたフランス・アメリカ合作ドキュメンタリー「CANIBA」も上映された。1980年前半、パリの閑静な住宅街で起きた日本人留学生による、オランダ人女性殺し。さらに死んだ彼女の肉を食べたというショッキングな事件の佐川一政とその弟をインタビュー。人を殺し食べてしまったことへの罪の意識を描ききっているかは疑問だった。
授賞式は映画祭最終日の9月17日昼から行われた。

国際批評家連盟(FIPRESCI)賞、発表風景
受賞作はこの日のうちに無料で、大ホールで一般上映されたが超満員、トロント市民がいかにこの映画祭を楽しみにしているかをこの目で確認した。
そしてトロントの国際批評家連盟(FIPRESCI)賞だが、映画祭の多くは本賞授賞式の前に発表されることが多いが、トロントでは他の賞と同時にクロージングセレモニーで、FIPRESCI賞審査員全員がステージ上に上がり発表される。トロントのFIPRESCI賞は2つの映画に贈られた。
受賞者の一人「EL AUTOR(THE MOTIVE)」マニュエル・マルタン・キュエンサ(スペイン)はすでにトロントを離れていたためにビデオメッセージになったが、「AVA」で国際批評家連盟賞を受賞したSADAF
FOROUGHIはイランの赤い民族衣装で登壇して受賞スピーチを述べた。

国際批評家連盟賞のトップページから映画祭レポートを読むことができる。もちろんパスワードは不要です。
http://www.fipresci.org/festival-reports/2017